怒る作業服の男性

建設業はハラスメントが起きやすい構造にある

建設業界では、ハラスメントが起こりやすい構造があります。

その理由は、元請けと下請けという関係が基本であり、一人親方は必然的に下請けの立場になるため、パワーバランスが偏りやすいからです。

もちろん、元請けから仕事をいただく立場では、理不尽なことがあっても黙って従うしかないと思いがちです。

しかし、それで諦める必要はありません。

過剰な叱責や長時間にわたるいびり、笑われるような行為があれば、正式に元請けに対して苦情を伝えるべきです。

ミスをした際に適切に指摘されるのは当然ですが、度を超えた行為はパワハラです。

元請けから仕事をもらっている立場でも、声を上げることは許されますし、現在の建設業界ではその権利が守られる時代になっています。

建設業界でハラスメントが問題視される背景には、人手不足があります。

企業の規模が大きいほど、パワハラ対策には敏感です。

働き手として考えれば、当然、パワハラのない職場を選ぶ傾向が強くなります。

今後10年で多くの熟練労働者が引退していく中で、収入は徐々に改善し、一人親方も働く職場を選べる環境になっていくでしょう。

その際、ハラスメントのある元請けは人材確保が難しくなり、結果として質の高い仕事を提供できなくなる可能性があります。

逆に、ハラスメントのない職場ほど、優秀な職人が集まり、仕事の質も維持されるのです。

実際に起きた裁判例とその教訓

以下は、一人親方がハラスメントを訴えた実際の事例です。

【判例1】「建設現場での長期的いじめ」に対する損害賠償命令

東京都内の建設現場で一人親方として勤務していた男性が、元請けの現場監督から継続的な罵倒や業務妨害を受け、精神的疾患を発症。

東京地方裁判所は2021年、この元請け会社に対し、約250万円の損害賠償支払いを命じました。

この裁判では「雇用関係がない下請けに対するパワハラも、社会通念上許される範囲を超えている場合には不法行為として責任を問える」との判断が示されました。

法的にハラスメントはどう定義されているのか

2019年のパワーハラスメント防止法(改正労働施策総合推進法)により、ハラスメントに関する企業の責任は強化されました。

元請けと下請けの間には直接的な雇用関係がないため、従来は法律上のハラスメントの対象外とされていました。

しかし、2019年のハラスメント規制法改正により、職場におけるパワーハラスメント防止対策が強化され、下請けに対するハラスメントも規制の対象となることが明確化されました。

これにより、従来は元請けからの嫌がらせが法的にハラスメントとして認められなかった状況が改まり、元請けにはハラスメント防止の義務が課されることになったのです。

一人親方であっても同様に、二次下請けに対してパワハラ行為を行った場合、その義務を怠ったとみなされる可能性があります。

具体的には、元請けは自社従業員が受けるハラスメントを防止するだけでなく、下請けに対しても同様の配慮を行う必要があります。

「パワハラ防止規程の策定」や「相談窓口の設置」など、社内対応と同等の体制整備が求められます。

建設業界はもともと下請けとの間でパワーバランスが偏りやすい構造にあります。

そのため、この法律を活用し、適切な改善措置を講じることが不可欠といえるでしょう。

特に注目すべきは、以下の指針です:

  • 元請け・下請けの間であっても「職場におけるパワハラ」に該当しうる
  • 元請けは、自社の従業員によるハラスメント行為から下請けの作業員を守る義務がある
  • 「パワハラ防止措置(相談窓口の設置や規程の整備)」は、大企業には義務、中小企業には努力義務

これは、以前は雇用関係がないという理由で黙認されがちだったハラスメントを法的に是正する方向へ舵を切った重要なポイントです。

どこからがパワハラなのか? 6つの代表的な分類

ハラスメントとされる行為は以下の6類型に分類され、いずれも建設現場でも発生しやすい内容です。

1. 身体的な攻撃

  • 殴る、蹴る、物を投げつけるなどの暴力行為
  • 例:ヘルメットの上から叩く、道具を投げる、脚立から引きずり下ろす

※ポイントは「ケガの有無」でパワハラかどうかが決まるわけではないということです。

たとえヘルメット越しに軽く叩いたり、ケガをするおそれのない物を投げつけた場合でも、パワハラは成立します。

他人を威圧し、従わせようとする行為であれば、それはパワハラに当たります。

2. 精神的な攻撃

  • 「バカ」「辞めろ」などの暴言や人格否定
  • 例:同僚の前で罵倒し続ける、弁償を強要する、「お前のせいで工程が遅れた」と怒鳴る

3. 人間関係からの切り離し

  • 無視、隔離、社内行事からの除外
  • 例:一人だけ別の作業スペースに移す、打合せや朝礼に参加させない

4. 過大な要求

  • 明らかにこなせない量の仕事や意味のない業務命令
  • 例:1人では不可能な重量物の運搬を命じる、期限内に終わらない作業を押し付ける

5. 過小な要求

  • 能力や役職に見合わない雑用ばかりを命じる
  • 例:経験者なのに1日中掃除だけ、重要な作業から常に外される

6. 個の侵害

  • 私生活の詮索やしつこい質問、プライバシーへの干渉
  • 例:交際相手や家族のことを執拗に聞かれる、LINEを勝手に見られる、休日の行動に干渉される

これらは、厚生労働省が示したパワハラ6類型に基づいており、元請け・下請け関係でも適用される考え方です。

選べる対応策とその現実的リスク

実際にハラスメントを受けたときに、一人親方として取れる選択肢は次の3つです。

1. 元請けに伝え、会社として対応してもらう

最近では、大手のゼネコンや中堅建設会社もハラスメント対応に非常に敏感になっています。ニュースになれば社会的信頼が失墜するからです。事前に「ハラスメント相談窓口」が設置されている企業もあります。

伝える際には、記録(日時・内容・証拠など)を残し、可能であれば音声や証人があると強力です。

2. その元請けからの仕事を断つ

元請けに伝えたくない、もしくは言っても改善されなかった場合には、その元請けとの関係を断つという選択肢もあります。新しい元請けを見つけるには時間がかかるかもしれませんが、長期的には健康と尊厳を守る手段です。

3. 我慢して仕事を続ける(非推奨)

最も消極的な選択肢です。短期的には波風が立たずに済みますが、精神的ダメージや将来的な人間関係の悪化を考えるとおすすめできません。

ハラスメント対策が企業の生命線に

建設業界では今後10年で大規模な人手不足が見込まれています。すでに若年層の職人不足が問題視されており、技能労働者の高齢化も深刻です。その中で「ハラスメントのない現場」を整備することは、企業の存続にも直結する問題です。

大手ゼネコンや意識の高い元請けは、既に社内外におけるハラスメント対策に投資し始めています。逆に、ハラスメント体質の企業は、人が集まらず、仕事の質も下がり、淘汰されていくことになるでしょう。

まとめ:あなたの行動が未来を変える

ハラスメントを受けてつらい時、誰かが助けてくれるわけではありません。しかし、自分の働く環境を変える力は、あなた自身にあります。

  • 相談・報告する
  • 記録を残す
  • 別の元請けを探す

選択肢は確かに限られていますが、それでも「我慢する」よりも「変える」方が長期的には得られるものが大きいはずです。

元請けと下請けの間に明確な上下関係があるからこそ、今は一人親方の立場でも声を上げてよい時代になったと言えるでしょう。